「これほど丁寧に説明したのに、なぜ伝わらないのだろう……」 歯科診療の現場で、そんな無力感に襲われたことはありませんか?
自費補綴物のメリット、保険の補綴物を放置することのリスク、最新のインプラント技術。私たちは歯科のプロとして、良かれと思って「正しい情報」を患者様に伝えようとします。しかし、情報が正しければ正しいほど、患者様の表情が曇り、心の距離が開いていくことがあります。
その理由は明確です。患者様は「説得」されたいのではなく、「納得」して自分で決めたいからです。
今回は、相手の自発的な行動を促す「コーチング」の技術を歯科カウンセリングに応用し、さらに「ティーチング」「コンサルティング」との決定的な違いを理解することで、患者様が自ら「治療をお願いします」と口にするための質問型アプローチを深掘りします。
1. 似ているようで全く違う「3つの対話手法」
歯科カウンセリングを成功させるには、相手の状態に合わせて「ティーチング」「コンサルティング」「コーチング」を使い分ける必要があります。
① ティーチング(教えること)
知識や技術を持つ人が、持たない人に「答え」を教えることです。歯科では、病状の正確な説明や、歯磨き指導などがこれに当たります。
- 役割: 正確な情報の提供。
- 欠点: ティーチングばかりになると「説教」や「押し売り」に聞こえ、患者様が受動的(やらされ仕事)になってしまいます。
② コンサルティング(解決策を提示すること)
専門家が現状を分析し、目標達成のための「最適な戦略」を提案することです。
- 役割: 治療計画の立案と、プロとしての選択肢の提示。
- 具体例: 「10年後もしっかり噛みたいというご希望なら、今の骨の状態ではこの治療法がベストです」といったアドバイス。
- 注意: コンサルティングは「話し手」が答えを持っています。患者様の心が追いついていないと、「高いものを勧められた」という拒絶反応を招くリスクがあります。
③ コーチング(引き出すこと)
問いかけを通じて、相手の中にある「想い」や「答え」を自ら気づかせることです。
- 役割: 患者様自身の「価値観」や「動機」の明確化。
- 重要性: 人は他人から指示された「正論(コンサルティング)」よりも、自分が口にした「必要性(コーチング)」に対して、より強く、主体的に行動します。
カウンセリングのゴールは、説明を理解させることではなく、コーチングによって患者様自身の口から「こうなりたい」という言葉を引き出すことにあるのです。
2. 潜在的なニーズを掘り起こす「未来質問」
患者様が歯科医院に来る理由は「痛いから」「噛めないから」といった目先の不快感の除去であることがほとんどです。しかし、コーチング的なアプローチでは、その先にある「理想の未来」に焦点を当てます。
ここで有効なのが、以下の2つの質問です。
① ポジティブな未来への質問
「もし、何の制限もなく一生自分の歯で好きなものを食べられるとしたら、どんな気分ですか?」
この質問は、患者様の意識を「治療という苦痛なプロセス」から「得られる果実」へとシフトさせます。「旅行先でステーキを思い切り食べたい」「孫と同じものを食べ続けたい」といった具体的なイメージが湧いたとき、治療は「コスト(出費)」ではなく「未来への投資」に変わります。
② ネガティブな未来への質問(リスクの自分事化)
「もし今、治療を見送って数年後に歯を失うことになったとしたら、生活はどう変わってしまうと思いますか?」
放置のリスクを医師が警告すると「脅し」に聞こえます。しかし、患者様自身に予測してもらうことで、リスクが「自分事」として脳に刻まれます。
3. 「沈黙」は患者様が試行中!話しかけは厳禁!!
質問型カウンセリングにおいて、初心者が最も陥りやすい失敗が「沈黙に耐えられないこと」です。
質問を投げかけた後、患者様が黙り込んでしまうことがあります。この時、スタッフが焦って「例えば、お仕事でお忙しいとか……?」と助け舟を出してはいけません。
沈黙している間、患者様の脳内では激しい情報の整理と、自分自身の価値観との照らし合わせが行われています。 いわば、心のシャッターが開こうとしている瞬間です。ここでこちらが喋ってしまうと、患者様の思考を遮断し、再びシャッターを閉ざさせてしまいます。
「……そうですね、やっぱり孫の結婚式までは綺麗な歯でいたいですね」 沈黙の後にポツリとこぼれる言葉こそが、その方の「真の動機」です。
4. 信頼を深める「共感」と「承認」の技術
質問を投げるだけでは、単なる「尋問」になってしまいます。コーチングにおいて質問と同じくらい重要なのが「承認」です。
患者様の答えがどんなものであっても、まずは受け止めます。 「そう思われるのですね」「それは大切な視点ですね」 このステップがあることで、患者様は「この人は私の味方だ」という安心感を抱きます。心理的安全性が確保されて初めて、本音の対話が可能になります。
5. 黄金のサイクル:コンサルとコーチの融合
カウンセリングの締めくくりで、「どうされますか?」と聞くのは少し性急です。ここでもコーチングの「自己決定感」を活用したステップを踏みます。
- 【コーチング】で、患者様の理想(どうなりたいか)を引き出す。
- 【ティーチング】で、現状(検査結果)を事実として伝える。
- 【コンサルティング】で、理想を叶えるための複数の選択肢を提案する。
- 【コーチング】で、「どの選択肢が、ご自身の理想に一番近いと感じますか?」と問いかける。
このように、「患者様が掲げた目標」と「提示した選択肢」をリンクさせて質問します。 自分で選んだという感覚は、その後の治療への協力度(アドヒアランス)を劇的に高めます。キャンセルが減り、予防メインテナンスへの移行率が上がるのは、この「自分で決めた」という納得感があるからです。
まとめ
質問型歯科カウンセリングは、単に自費率を上げるためのテクニックではありません。患者様が自分自身の健康の大切さに気づき、より豊かな人生を選択するための「キッカケ」を与える行為です。
知識を与える「ティーチング」、道筋を示す「コンサルティング」、そして本心を引き出す「コーチング」。これらを適切に組み合わせることで、歯科医院は「怖い場所」から「人生を豊かにする場所」へと変わります。
まずは明日、新患の方や定期検診の方に、一つだけで構いません。 「これから、お口の状態をどうしていきたいですか?」 というオープンな質問を投げかけてみてください。
きっと、今まで聞こえてこなかった患者様の「本当の声」が聞こえてくるはずです。その声に応えることこそが、歯科医療の真の喜びではないでしょうか。
